2015年夏、東京外大ビルマ語科での授業の課題でミャンマーのカカオを調べてから、8年が過ぎました。当時は、インターネットで調べても、現地の古本市を巡っても、ほぼ情報がなかった時代でした。それから、現在は、少しずつミャンマーでもカカオ栽培が増えてきています。
今回は、まず、カカオ・チョコレートの歴史とカカオ栽培に関係する地球規模の課題を紹介します。そして、ミャンマーのカカオ栽培事情を話したいと思います。
仲野 由貴子
東京外国語大学ビルマ語科卒業。慶応義塾大学大学院健康マネジメント研究科博士課程在籍。
小学生の時に読んだ「ビルマの竪琴」をきっかけに、ミャンマーに興味を持つ。東京外国語大学在学中に、ミャンマーのカカオと児童労働に関心を持ち、ヤンゴン大学に留学する。大学在学時から、「ミャンマーを知らない人も、チョコレートは食べる」と考え、ミャンマー産カカオ・チョコレートを通して、ミャンマーを紹介するワークショップを開催。保育園児から大人までを対象に、カカオからチョコレートを皆で作りながら、ワークショップの目的に合わせて、ミャンマーの概要、カカオ栽培の様子と課題、ミャンマーの現状等についてを紹介しています。
2024年1月17日の「楽平家オンラインサロン」はバレンタインデーを前に、仲野由貴子さんの「カカオを通してミャンマーを伝える」でした。
仲野さんは東京外国語大学ビルマ語科をご卒業後、ミャンマーに関わりのある会社での勤務を経て、現在慶応義塾大学大学院で在日外国人の健康格差について研究されています。ミャンマーカカオに関しては 2015年に大学の夏休みの課題として調べ始めたことをきっかけに自分のプロジェクトとして継続されているそうです。
お話はまずチョコレートを取り巻く課題から入り、次にカカオ・チョコレートそのもののお話になりました。それからカカオの歴史やカカオがヨーロッパにやってきてからココア、食べるチョコレート、ミルクチョコレート、コンチェ(カカオを滑らかにすりつぶす機械)の発明を経て少しずつ現代のチョコレートに近づいていく様子が語られて、カカオの主な栽培地と品種のお話に移りました。最後にミャンマーのカカオについてと、カカオを通してミャンマーを伝える取り組みについてのお話があり、質疑応答が行われました。
カカオ産業では多くの子どもが児童労働に従事しているそうです。原因は、主要な生産地の西アフリカでは貧しい農家が多いために人を雇うことができないことや貧しさから子どもたちが教育を受けられず読み書きができないことから、正しい収入が得られなかったり効率的な栽培もできなかったりして貧しい農家のまま抜け出すことができないからということでした。
カカオは、現在は在庫があるから大丈夫だけどこれから足りなくなるといわれており、儲かるためにカカオ生産は拡大されていて、その生産地の拡大のために森林がどんどん伐採されているそうです。本来カカオは木の下で育つものですが太陽にあたっても大丈夫なように品種改良されたこともあり、短期的に収穫量を増やすために持続可能ではない単一栽培が進められており、問題のあるような農薬の使い方がされていることもあるそうです。
コーヒーベルトよりもちょっと狭いカカオベルト(北緯20度~南緯20度)の範囲で栽培が可能。大航海時代にもともと栽培されていた中南米へヨーロッパの人たちが入ったことで病気を広げてしまったせいで農民が亡くなり、生産力が落ちた。それで種をアフリカへ持って行ってアフリカでの生産が始まり、そこから東南アジアへも広がっていったそうです。
もともと栽培されていた品種はクリオロ種で美味しいけれど病害に弱く、現在市販されているチョコレートの中ではごくわずか。その後アフリカでフォラステロ種が出てきて、こちらは成長が早く病害にも強いけれど、渋みや苦みもあって味はクリオロ種に劣るが、渋みや苦みは焙煎することで飛ばしてしまって香りをつけることができるため生産量は多いそうです。クリオロ種とフォラステロ種をかけあわせたトリニタリオ種ができて、成長もフォラステロ種よりは遅いけどクリオロ種よりは早く、病害にもフォラステロ種よりは弱いけどクリオロ種よりは強く、東南アジアの地にも適しているということです。
チョコレートが好きでビルマ語科だった仲野さんは、カカオとチョコレートの勉強をした時にカカオベルトの中にミャンマーも含まれているということに気が付いて調べ始めたそうです。
カカオの色や大きさは様々。栽培条件は先述のカカオベルトの中で年間雨量が1500~2500mm、平均温度が27度。寒すぎても暑すぎてもダメということです。
児童労働の観点から、子どもは刃物を使って作業をしてはいけないので収穫の際には子どもは刃物を使わずに木で叩いて落としたり鋏を使ったりして収穫するか、大人が収穫するそうです。収穫後に実を割る際にも、児童労働の観点と中身まで割ってしまうといけないので刃物は使わずに木槌で叩いて割るそうです。実のサイズは手に収まるくらいか手より少し大きいくらいということでした。
割ると中の色も品種によって違いはあるけれど、カカオ豆は白いパルプと呼ばれる綿状のものに包まれた状態で出てくるそうです。この時点ではチョコレートの香りはしておらず、パルプをそのまま食べると青リンゴのようだったり柑橘系だったりと個性豊かなフルーティな香りがして、日本ではバレンタインシーズンなどにパルプジュースという名称でドリンクを見かけることもあるそうです。
厚い皮から取り出したパルプとカカオ豆は木箱に入れてバナナの葉をかぶせて発酵させるそうです。発酵については未解明なことも多いけれど、バナナの葉についている微生物などを活かしていて、期間は1週間くらいで気温や豆やパルプの量により調整するそうです。最初の発酵はパルプに含まれる糖分がアルコールになる発酵で、その時に少しずつカカオの香りがしてくるそうです。その後2~3日経つとかき混ぜて空気を含ませて、アルコールになったものを酢酸に変えていく発酵を促して、ヨーグルトの酸化し始めた香りがしたりするそうです。その段階になってくると白いものが少しずつ取れて茶色い状態になってくるそうです。
発酵後に乾燥させて水分量が5%程度になるともうカビは生えないので麻袋に詰めて先進国や工場等へ運ばれて選別へ。重量で買取されるためアフリカからのカカオ豆にはコインや石などの異物が混入していたり管理の悪さから虫が混入していたりすることもあるそうです。仲野さんがこれまで見てきたミャンマーのものでは、時々藁や他の豆などが入っていることはあっても故意に混入させたようなものはないそうです。
小さいものや膨らんでいない豆も除去してから焙煎して皮をむく作業に。皮をむいた状態がカカオニブと呼ばれるものでそれをコンチェでつぶしていくと滑らかなチョコレートになり温度調整などを行って成型するそうです。
東南アジアのチョコレートでは2015年にはベトナムのものが有名になっていたそうです。フランスの方が生産していて国際水準のものがけっこう早い段階から出ていて、その後タイでもフランスの方や他の欧米の方が作り始めて、現在ではタイでタイ人が生産し加工しているところもあるそうです。
ミャンマーでは2015年にはまだアーナンダさんだけが生産していたそうです。フランス人とミャンマー人が一緒にスタートしたチョコレートブランドです。
仲野さんが2018年に留学していた当時にミャンマー人が食べていたチョコレートのご紹介もありました。
バレンタインといえばミャンマーでもチョコレートがでてくるものだったそうです。寮の中で、女性同士でプレゼントしたりしていて、写真の左はその時のチョコレートピザ。真ん中はウエハースチョコの写真。冷蔵庫事情もあって常温でも溶けにくいものが多く出回っていて、寮のエレベーターなどでよくみんながこのシリーズを持っているのを見かけたそうです。当時ミャンマーで消費されていたチョコレートはマレーシア産のものが多かったそうです。右のホットチョコレートはショッピングセンターの中に入っていたカフェのもので、下に練乳が入っているのがミャンマーらしいと思って飲んでみたということでした。
フェイスブックやユーチューブが使えるようになって栽培技術の習得は以前より簡単になっていること、道路交通事情の改善、生産したものをヤンゴンに輸送して輸出するということもやりやすくなっていることなどで、農民のカカオ栽培への関心も出てきているというのが最近の状況ということでした。
児童労働に関しては小規模農家が多く家族経営で成り立つため、子どもは学校に通いながらお手伝い程度でできており、児童労働には当てはまらない状況とのことです。認証については特にクーデター下では取得が難しいためにとっていない、とろうとしていないところが多いそうです。
トリニタリオ種が栽培されていてフルーティなものが基本だけどまだ技術の習得が不完全なことから、年により特徴が少しずつ変わってくるそうです。
価格は物価上昇により他の東南アジア諸国と変わらないか、それよりも少し高いくらいということです。
生産量は十数トン。ミャンマーでは今のところ環境に負荷の高い単一栽培ではなくゴム、マンゴー、バナナなどとともに混植されていて、農薬も高くて買えないという側面もあって使われていないことが多いそうです。
ミャンマーが好きで、ミャンマーを知らない人にミャンマーを伝える方法は何かと考えてチョコレートを通してミャンマーを伝えるという取り組みをされているそうです。保育園で食育のお話と一緒にとか、大人向けにお酒を飲みながらなど、小学生くらいから読めるくらいの資料とともにミャンマーとチョコレートの話をしているそうです。ワークショップも行っていて、すり鉢なら2時間くらい、機械なら1時間くらい、すりつぶすのに時間がかかるのでその間にお話をしているそうです。今後は仲野さんお一人だけでは限界があるので、より多くの人に知ってもらうために、ミャンマーイベントを実施する方向けにイベント用のミャンマーチョコレートの販売の準備をしているところということでした。ホットチョコレート用のチョコレート、焼き菓子、板チョコレート、ニブコーラシロップ(カカオニブとミャンマーらしくということでタマリンドも入っている)などです。
Q1
私が子どもの頃はまだミャンマーにはケーキなどもあまりなくて、青マンゴーの漬物などローカルなおやつを食べていたので、チョコレートを初めて食べたのはたぶん海外に出てからだと思う。私がいた1989年までのミャンマーではチョコレートは海外から帰ってきた人の高級なお土産で、自分の親戚も帰る時には板チョコなどを大量に買って帰ることが多かった。ミャンマーでカカオが生産されていることも知らなかった。
フィリピンの方でお土産として探した時に溶かして飲むフィリピン産のカカオの固形になっているのがあったので買ってみたけれど、先ほどの説明にあったすりつぶすところがあまりされていなかったのか、溶かしてもちょっと固い粒々が残るもので大量に買ったものの不評だったというのが直近のカカオの苦い思い出。その時にフィリピンの方に聞いたところ、カカオの実を割った時にそのまま食べられるとお聞きしたがどの部分が食べられるのかよくわからなかった。生で食べられる、ということだけお聞きしてきたがさっきのお話の中でもあったがどの部分が生で食べられるのか。
A1
白いパルプの部分が、そのままで味がついていて食べられる。フルーティな味がしておいしいのでそのまま食べて、豆は果物を食べる時に種を出すように出したりする。豆の部分もそのままで食べても大量に食べなければおなかを壊したりもしないので、味見という意味合いでそのまま食べることも。
カカオは厚い皮があるが中に虫が入っていたりカビが生えていたりすることもあるのでチェックするためにも手で割っている。
Q2 先ほどのお話の中で発酵させるというお話があったが通常発酵させる時には何か菌を入れると思うが何を入れているのか?
A2 もともとは白いパルプの部分についている菌とバナナの葉についている菌だけで、特に入れない。最近ではビールやワインなど別の酵母を入れてみたりしていることも聞いている。発酵に関してはまだ研究段階でいろいろ試行されている。
Q3 外側の厚い皮は食べられないのか?
A3 食べずに肥料として農園に置いておくと土に還る。
Q4 手で割るということは、柔らかいのか?
A4 木槌で叩いて手で割る。本当はいけないことだが刃物を使っている人もいると思う。
Q5 コーヒーは焙煎したてと時間が経ってからでは味が変わるがカカオもそうか。
A5 すこしずつ油の状態が変化するので味も変わる。焙煎したてがおいしかったから3か月後もおいしいとは必ずしも限らないし、その逆もある。奥深い。
Q6 ミャンマーでのカカオの採り入れは何月ごろか?またどんな花が咲くか。
A6 白い小さな花が咲く。真ん中の紫色の部分が実になっていく。採れる時期は年2回あり5~6月と8~9月。
寺井淳一さんのコメント
深大寺植物園の温室の中でカカオも栽培されていて、そこにいくとしょっちゅう実を見ることができ、花も見ることができます。
Q7 農薬を使うと土地がだめになるというようなお話があったが、やはり農薬を使用した方が、収量があがったり栽培しやすかったりということはあると思う。カカオ栽培における難しさはどんなところか。
A7 虫や病気だが早めに見つけて対処しなければならない。また途上国で栽培する上で、カカオは植えてから実が採れるようになるまで2~3年はかかる。その間の収入が得られないためスタートすることが難しい。スタートしても、収穫まで待てずに諦めて燃やして早く収穫できるものに植え替えてしまうこともある。また最近では価格がどんどん上がってきているが、植え付けの際に実ができたらこれくらいの価格で買い取ると約束していた側が、収穫時には買えなくなって逃げてしまうこともある。植え付けから収穫までに時間がかかることがハードルになっている。
Q8 チョコレートは大きな国際企業が目立つ業界だが、たとえばリンツとガーナにおける関連農園での児童虐待や、ラデラックとLGBTQ+問題など倫理的問題がよくスイス国内の報道でも指摘される。スイスの場合、加工と消費の土壌から、チョコレートと倫理、B認証等、チョコレートと倫理の問題は切り離せなくなりつつあるが、世界的に消費者の意識がまだ進んでいないようにも感じる。ミャンマーの生産関係者の方々の意識に関して、どのように感じているか。
A8 アーナンダさんでは児童労働など倫理的な問題をかなり意識している。
高橋ゆりさんのコメント
ミャンマーにカカオ栽培の導入!興味深く伺いました。ありがとうございます。以前、ミャンマーにコーヒー栽培を導入したミャンマー人ビジネスマンご家族のお話を伺ったことがあります。100年以上前に始められ、成功したものの(コーヒー店も開き)、1962年の革命で会社は国有化されてしまったとのことでした。しかしながら、同社の活動はミャンマー人の間にコーヒー好きを作り出すのに貢献したことは確かです。このカカオのお話も、いずれはミャンマー人の間にミャンマー産カカオの認知度が始まり、国産チョコを愛するミャンマーの方々が増えたら楽しいでしょう。ヤシ酒入りチョコとか、シャンの焼酎入りチョコとかも。国内旅行のお土産にもなりそうですね。ミャンマーが平和になることを祈ります。
Q9 カカオの含有率が高いものの方が価格の高い傾向があると思う。母が含有率の高い方が身体に良いといって食後にちょっと嗜んでいるが、カカオが身体にいというのは本当か。
A9 ポリフェノールが入っていたりして、足りない成分を補える人にとっては良いもの。カカオ分が高いものの方がいいというのは本当でもあるし考え方にもよる。例えばカカオ60%のものだと残りの40%は他のものが入っている。砂糖、ミルクの他に香料や保存料などの添加物も含まれている。また安いチョコの場合はカカオバターよりも安価な油を入れる。そのためカカオ分が多ければその分他のものの割合は減るので含有率が高いものの方が健康的ということは言える。
Q10 ミャンマー特産とのことでタニェ(やし砂糖)を合わせた商品企画はいかが?
A10 タニェにもいろいろあるのでタニェの研究から。
(記事執筆:岡野美佳)
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