第32回
『楽平家オンラインサロン』
2023年4月12日(水)
20:00〜
金澤町家の再生活用からの気づき
金沢市主計町(かぞえまち)茶屋街
左手の町家は、宿泊施設として開業予定の「空知」
写真提供:有限会社E.N.N.
≪無断転載ご遠慮ください≫
話の内容とプロフィル
≪内容≫

京都と同様に、戦災や自然災害を免れた城下町・金沢は、文化や伝統と共にまちなみが魅力とされる都市です。そのまちなみの中には、約6000軒の町家が存在しています。京都と同様に、それら町家の利活用が進む一方で、毎年100軒程度が解体されている状況です。

私は、金沢で不動産や建築設計、店舗運営といった事業を通して町家を中心に様々な空間の再生活用に取り組んできました。それらの実践事例などを中心に、空き家問題という社会課題、空き家・空きビルの活用方法などをお話しします。同時に、金沢というまちの魅力もご紹介したいと思います。


≪プロフィル≫

小津誠一 建築家/有限会社E.N.N.代表/認定NPO法人 趣都金澤副理事長

1966年金沢市生まれ。武蔵野美術大学建築学科を卒業後、設計事務所などを経て、1995年京都にて独立し京都精華大学建築学科にて教鞭を執る。

2001年、東京へ移転。2003年、金沢にて有限会社E.N.N.を設立し、東京と金沢の二拠点で活動。2012年より、活動拠点を金沢に集め、建築設計事務所、宅地建物取引業、飲食店、物販店舗などを運営。

有限会社E.N.N. https://enn.co.jp/
金沢R不動産 https://www.realkanazawaestate.jp/

(小津誠一 / sei'ichi KOZU)
【楽平家オンラインサロン 第32回報告】
2023年4月12日の「楽平家オンラインサロン」は、小津誠一さんによる講演だった。

「金沢町家の再生活用からの気づき」という講演テーマにまずは驚いた。建築家は決め打ちで「こうである」という自らの考えを自らの建築物に吹き込む、と思っていたからだ。小津さんは「気づき」という問いかけをしているようでもある。いままで自ら知らないことを率直に認めてその気づきを問い、それを生業(なりわい)にしたてていく。不動産や建築は隠せない社会的関係資本と位置づける。だから一戸、一戸の建築だけに向き合うのでなく、面や空間として「この地域の未来をどうするのか」を考える。未来から見て、目の前の町家再生などの個別案件に取り組む。その舞台を金沢にした。生まれた金沢を一度出て、よそ者として扱われながら金沢を見つめ直した。その背景には「世の中から建築家は求められていない」という強い危機感がある。


「空き家」問題


こうした考え方は2012年に建築設計部門を東京から金沢に移し、古い家の改修を手掛けていく過程で生み出された。気づきの問いかけは「空き家」である。人口が確実に減少する日本にあって中古住宅の取引が全住宅取引市場に対して非常に少ない実態がある。日本は中古住宅の取引は全体の約15%、米英は88%、フランスは67%とのデータを明らかにした。

日本の住宅市場が新築中心に展開され、古い家は取り残され「空き家」となり、社会問題として深刻化している。だから、古い家を「リノベーション」して新たな価値を生み出し,新たな住人や新たな商売したい人がそれらの建物を再活用する循環を生み出すところに着眼した。

空き家問題を、「予測された問題を放置することで、壊滅的な問題が起きる」という「ブラックエレファント」と位置づけ、地球温暖化やリーマンショックなどの問題や事件と同じだ、という。人口減にもかかわらず、2018年時点で空き家849万戸、新築着工95万戸という数字がそれを物語る、と説明する。

空き家問題には「フローからストックの時代」という発想転換が必要とみる。フロー(新築生産)を大量生産する成長の時代から ストック(既存活用)を使いこなす成熟の時代、という意味だ。こうした気づきは不動産事業を通して「親から相続したビルは解体するのに資金がかかりそのままにして10年…」など空き家状態になった多くの原因を生の声として聞いているからこその発想だ。建築家にとってはビジネスチャンスである。


リノベーションを「儲ける仕組み」に

そして、小津さんは空き家問題の解法を提示する。まずはリノベーション。リノベーションとはライフスタイルに合わせ機能を転換したり用途を変更することで、 新しい価値創造して再生すること、という。具体的には4つある。①古い価値を(修復保存しながら)活かして再生する②新旧の対比で、それぞれの価値を際立たせる。新しい素材・デザインの追加 する③新たな機能を加えて性能を高める(構造補強=耐震補強・断熱・設備機器)④新たな用途へ転換して新しい価値をつくりだす。宿泊施設・商業施設などへ用途変更、である。

講演では自ら手掛けたリノベーションの実績を写真で紹介した。1936年創業の八百屋を町家風にリノベーションした結果、いつもの顧客だけでなく観光客も取り込み、売り上げが増えた、という。説得力あるリノベーション事例だ。
八百屋リノベーションで売り上げ増加
金物屋のリノベーションに当たっては多数の売店を入れ込むというアイデアを考えた。後継する商売を1社にするとその後継事業が思わしくなくなると大きなリスクになるとの判断だ。

小津さんは計画者であると同時に当事者となって金物屋リノベーションを「小さい商売を集合させた大きな店舗」のビジネスに転換させた。リノベーション後のビジネスに責任を負うことで本気度を示した。金物屋だった物件オーナー、出店者、運営管理(小津さんの会社)などの利益関係者間のお金の流れも明らかにし、金物屋リノベーションに「儲ける仕組み」を作った。この説明を受けると「(建築家が)ここまでやるのか」というのが素直な感想だ。
金物屋リノベーション「多数店舗化」
「リノベーションと再販を組み合わせる」などリノベーションとほかのビジネスの組み合わせを個別案件ごとに提示している。講演では詳しく語らなかったが、説明資料には事業性重視項目として 投資回収速度、リターン、社会性、シェア規模、将来可能性を挙げている。まさに「リノベーション経営学」の実践である。

小津さんは自らのビジネスモデルを「空間」を軸に考える。「空間の発見(見つける)、創造(建築、まちづくり)、実践(活用、使いこなし)」である。このビジネスモデルを実現するには建築家としての仕事のほか、不動産ビジネス、店舗などの運営ビジネスを行う機能の企業を立ち上げ、相互に連携させた。
小津さんのビジネスモデルは「空間」が軸
「空間再生 エリア・イノベーション」

空き家問題の解法の2番目は線・面としての空間再生 エリア・リノベーションを挙げた。講演では金沢城址の北東にある南北200m、東西300mの範囲の地図とその地区で小津さんのリノベーション事例を写真付きで説明した。点の開発から線的・面的な開発を進めたい考えだ(この報告書の最後に紹介している一問一答を参考)。
線的開発から面的開発へ
不動産・建築という「まち」は社会的共通資本になるべき

不動産・建築は隠せない「公共陳列物」である。 「市場競争の世界に委ねられないし、 官僚的管理体制に依存してもならない。 だから、まち(不動産・建築)は、 専門的知見と倫理に従って 社会的関係資本(社会的共通資本)へと 引き上げなければならない」。小津さんのゲームチェンジの思想である。「所有権」の獲得から始まった、これまでの資本主義を考え直せ、ともいえるメッセージだ。成長力が落ちる一方の日本は何らかの突破口が必要だ。成長戦略が語られて30年。小津さんのような発想力とそれを自ら成し遂げる力が大きな波をつくるはずだ。発想力と成し遂げ力の原点はリノベーションビジネスを進めるなかで、生の声を聞くことだ。

例えば「移住」問題。小津さんは、移住が住宅問題だけではないことを痛感している。移住希望者は仕事のこと、まちの環境などリアルな金沢を知りたいという要望が強かった。「移住のお手伝いをする観点」が欠かせないことを知った。

こうした要望に対応するため移住者経験者の話のほか、物件情報、仕事情報、ローカルイベントなどのリアルな地域情報を掲載するメディア(WEB)を出している。小津さんの不動産会社では物件紹介に居住面積だけではなく、金沢でいえば、「百万石の景色」「金澤町家」「リノベ向き」などわかりやすいアイコンで物件を紹介している。

小津さんの講演前半は自己紹介と金沢について。500年の歴史を持つ金沢の紹介はとてもわかりやすかった。

前田家による安定した江戸時代、空襲がなかった金沢はいまも江戸の古地図で歩ける通りの存在や内外の都市との比較、金沢城を中心とした都市づくりでは南北に流れる2つの川それぞれに花街がある構造など興味深く聞いた。そして、ある調査を紹介し、日本の都市のうちで「共同体に帰属している」「機会がある」「豊かな食文化がある」の点で特に評価され全国で総合ランキング8位になったそうだ。2004年に金沢21世紀美術館、2015年に北陸新幹線が開通して観光客も増えた。しかし、いま改めて「金沢らしさとはなにか」「まちづくりと都市計画のすきまをどう埋めていくのか」「ほかの都市を真似ることなくどう金沢らしさをつくっていくか」を改めて考える時期に来ていることを強調した。

講演の最後にパーソナルコンピューティングの生みの親、アラン・ケイの「未来を予測する最良の方法はそれを発明することだ」で結んだ。「未来を発明する」精神で小津さんは金沢らしさを実現するため、点から線的・面的な開発に挑戦している。
講演後の小津さんへのインタビュー
(4月12日の講演後、小津さんと報告書執筆者との1問1答は次の通り(20230424/0427、書面とZoomによる)

「面的な開発を目指してまちづくり会社をつくる」

Q 2012年に金沢を事業の本拠地にしたきっかけと決断の理由は。

「金沢21世紀美術館」の開館を翌年に控えた2003年に、21世紀美術館カフェ出店プロポーザル参加を機会にNPO任意団体を結成、カフェ出店は叶わなかったものの、これを機に野外フェスイベント開催、リノベーションまちづくりイベントなどの活動を始めていました。2004年に中古ビルのリノベーション設計をきっかけに自ら飲食店を出店開業、2006年に金沢R不動産を開業しました。設計活動は東京で、飲食店経営と不動産事業は金沢でという10年を経て、東北震災をきっかけとして東京を離れる決断にいたりました。

ただし、リーマンショック以降、東京での仕事は、細分化され専業化したコマーシャルな仕事(例えば、マンションの外装デザインだけなど)が多く、建築家は資本主義経済の下請けといった印象を持つ仕事が多い状況でした。他方、金沢では小さな仕事でも、不動産から設計、事業のサポートまでワンストップ型の多能性を求められることも多く、建築家としての職能を拡張する可能性を感じていました。

そんななか、東北震災と原発事故がトリガーとなり、本拠地移転を決断しました。


Q 日本、海外の建築家で小津さんのような不動産、店舗運営など幅広く展開している建築家はいるのか。

地方都市で建築設計という業を拡張して活動する人は増えていると思います。最近は東京でも建築家の仕事の可能性を開き拡げていく動きが増加傾向にあると思います。


Q 小津さんが展開するなかでの競争相手はどこか。

更に仕事の領域をまちづくりなどへ広げて考える際のハードルは、保守的だったり前例主義的な地方自治体や、変化を望まないステークホルダー、いまだに東京のような都市開発を目指す人達と言えるかもしれません。また、リノベーションという手法を「デザイン性の高いリフォーム商品」として扱う地域の不動産業者、工務店などは、本質を見誤っていると言う意味で、競争相手と言えるかも知れません。


Q 小津さんのビジネスを成長させるに当たっての課題は何か。その解決策は?

建築やまち、都市はその土地に根ざした動かない資産、資源としてつくられるものです。そういった意味では、その場所、地域らしさを読解して表現していくことが大きな課題(命題)であると考えています。

また、上記の様な資本との関係、地域ステークホルダー(建築主、地方自治体、地域関係者などなど)との相互理解、伝統(過去)と革新(現在未来)の関係、地域と観光、環境問題などど、諸問題の提示(問いかけ、顕在化)と解決にいかに取り組めるかということは大きな課題だと考えています。


Q まちづくりの要諦は15分、直径600mをアーバニストが開発すること。日本各地にある伝統的建築物保存地区の動きとの関係は(ご指摘の都市計画行政とまちづくりの隙間)どう考えるか。

小さくても面的な活動を行うには、地域の多様な関係者との調整、関係構築が必要になります。そのため、弊社の建築設計、不動産仲介だけでは限界があり、民間まちづくり会社を起こして本格的に面的な取り組みを始めようと言う段階です。

そこで感じていることとして、トップダウンでもボトムアップでもない、オルタナティブを考え発明する必要性です。ただしそれは、新奇性や奇異性を狙うものではない、けれども新しい選択肢の提示が時代の要請であると考えています。都市もまちも建築も、人や事業者のライフサイクルや、場合によっては国家よりも長いものと考えると、木も見ながら森を考える、あるいは国土や地球を想像する視点で、可塑性も考えつつ小さくても実験的、工作的に取り組むことなのかも知れません。


Q 小津さんの仕事の原点は何か。

自分を取り巻く環境(建築やまち、都市)への不満や怒りを解決し、楽しい空間・場所にしたい。これはノーだという批評から始めることが原点かと思います。
(記事執筆 太田民夫)
<無断転載ご遠慮ください>
アンドモア

1. 有限会社E.N.N.

小津が代表を務める有限会社E.N.N.(エン)。建築・不動産・地域メディア・店舗運営など空間を軸に様々な事業を展開する。
http://enn.co.jp


2. お話の参考に、小津誠一さんの事業について、ご自身からの情報です。


  • 金沢R不動産
    E.N.N.の不動産サイト「金沢R不動産」は不動産のセレクトショップであり、不動産メディアでもある。
    https://www.realkanazawaestate.jp

  • real local金沢
    地域のキーマンや仕事、イベント、拠点、店などリアルな地域情報を現地から届ける。
    https://www.reallocal.jp/kanazawa

  • 八百萬本舗
    金澤町家の中に工芸ショップなどを中心に小さなお店が連なる八百萬本舗(やおよろずほんぽ)。
    https://www.yaoyoroz-honpo.jp

  • 嗜季
    E.N.N.からスピンアウトした飲食事業を担う嗜季(しき)。これまで複数の飲食店を展開してきたが、いまは「流寓LUGU」のみ仮店舗で営業中。
    http://www.shiki-inc.com/shiki/


3. 金沢について、小津誠一さんからの情報です。


  • 古今金澤
    金沢の古地図と現在のGoogleマップを同時に確認できるアプリ。これを持って金沢へ。
    http://ablecomputer.co.jp/Product/KanazawaOldMap/

  • 金沢らしさとは何か
    いまの金沢の下地をつくった元金沢市長・山出保氏と認定NPO法人趣都金澤のメンバーとの対話。
    https://onl.tw/tPYgh6P
次回の楽平家オンラインサロン
次回5月10日は、「多様化する日本でアイデンティティーに悩む人を理解する」です。ミックスルーツを持つ人々の問題をフィクションとして描く映画『WHOLE/ホール』の監督、川添ビイラルさんが、問題の過去や現状などを語っていきます。オーストラリアに長く在住されている高橋ゆりさんとの対談を通してで、中でオーストラリア社会との比較にもふれていきます。
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