講演を聞いて
私は以前から口琴に関心があって、いつか入手して実際に鳴らしてみたいと思っていた。今回直川さんの講演を聞かせていただいたのを機に、ついにオンライン・ショップ「民族楽器コイズミ」で一台の口琴を購入することを決断。どれにしようか、一週間ほど迷ったのち、ベトナムの「ダンモイ(金属製薄板状口琴)」を注文した。三日後、楽器が到着。すぐに手にとって鳴らしてみようとする・・・が、口もとに持っていくといっても、どの辺りがよいのか最初はわからず、しばらくしてようやく「鳴りどころ」がみつかった。今も暇な時に、口腔の形を変えたり、「口琴言葉」を話してみたり、その独特な響きを楽しんでいる。
ただ「民族楽器コイズミ」には、魅力的な楽器がほかにもたくさんあるので、すぐ別の楽器を注文してみたくてたまらない気持ちになってしまった。とりわけハカスの口琴「テミルコムズ」は、直川さんが指摘された「鳴りの良い楽器」の条件を完璧に満たしていると思われる美しい形状をしているので、注文しようか・・・と迷いつつ、なかなかの高額なので、今のところ思いとどまっている。
また講演を聞いた後で、私が学生時代に留学していたインドの口琴について、少し調べ直してみた。まず旅行したことがあるラージャスターンの口琴「ムルチャング」。楽器の名前は「ムク」という語と「チャング」という語の合成とのこと[Deva 1977: 27]。ヒンディー語で「ムク」は「口」を意味する。また「チャング」はペルシア語由来の語で、もともとの意味は「竪琴」である[柘植 2010: 121]。したがって、まさに「口」と「琴」という語を組み合わせた言葉ということになる。なおムルチャングの製作工程が撮影された興味深い映像がYoutube上に挙がっているので、興味がある方は下記のリンクからご覧いただきたい。手動で皮フイゴを操作して金属を熱する場面で始まり、ハンマーで熱間鍛造する工程を経て楽器が完成するまで。単純な作業ではあるが、細かい部分をきちんと仕上げる技術は、熟練を要すると思われる。
ムルチャングの製作工程
https://www.youtube.com/watch?v=s0tU_Dom_Mg&list=RDZWnUQ9N0DhU&index=13 つづいて講演の中でも話題に挙がった、南インド古典音楽で用いられる「モルシン」。この楽器の語源も「ムルチャング」と同じだと思われる。Youtube上で見つけた動画(下記リンク)では、女性の奏者がモルシンを演奏している。樽型両面太鼓「ムリダンガム」の音を模していると思われる音色が興味深く、リズム奏法も多彩で極めて技巧的なパフォーマンスである。講演の中でも女性が演奏している写真が登場したが、比較的にモルシンの奏者は女性が多いのだろうか、と疑問に思った。
この報告レポートの初稿を直川氏をお読みいただいた際、この女性奏者について補足的な情報を提供していただいた。直川氏によるとこの奏者バギャラクシュミー Bhagyalaxmiは、「ベンガルールの有名なモルシン奏者一家の人で、南インドのモルシン奏者は基本的に男性である中、特異な存在」なのだという。
モルシンの演奏
https://www.youtube.com/watch?v=VE1GIINVvqg 最後にもう一つ。ムルチャングについて書かれた文献を読んでいる時に、インド北東部アッサム州には「ゴゴナー」とよばれる口琴が存在することに気がついた[Deva 1977: 27]。この楽器は竹製の薄板状口琴で、形はムックリとよく似ている。興味深いのはビフという新年を祝う祭りで演奏される楽器だということ。この点は、サハ共和国において口琴が「春を象徴する楽器」とされることに類似するかもしれない。いつか機会があったら、ビフの祭りの詳細や口琴が演奏される場面について、現地で調査してみたい。なお下記リンクから①ビフの祭りの歌②ゴゴナーを演奏する若い女性③ゴゴナーの製作工程の動画を視聴できる。
ビフの祭りの歌
https://www.youtube.com/watch?v=4KWXX1lkvK8 ゴゴナーを演奏する若い女性
https://www.youtube.com/watch?v=x4VbYUUocms ゴゴナーの製作
https://www.youtube.com/watch?v=_44WqWzO4oU 引用文献 Crane, Frederick The Jew's Harp as Aerophone. The Galpin Society Journal. no.21.(1968) p.66-69.
Deva, B.C. Musical Instruments. New Delhi: National Book Trust. 1977.
直川礼緒「アジアの発掘口琴チェックリスト(1):薄板状の口琴(1)」『伝統と創造:東京音楽
大学民族音楽研究所研究紀要』第5巻、2016、57-70。
「アジアの発掘口琴チェックリスト(2):薄板状の口琴(2)」『伝統と創造:東京音楽大学
民族音楽研究所研究紀要』第6巻、2017、57-68。
「アジアの発掘口琴チェックリスト(3):薄板状の口琴(3)と湾曲状の口琴(1)」『伝統と創造:東京音楽大学民族音楽研究所研究紀要』第7巻、2018、55-66。
柘植元一「ターゲ・ボスターン摩崖浮彫に描かれたササン朝ペルシアの楽器」『東洋音楽研
究第76号』2010、116-136。
記事執筆 丸山洋司
*「講演資料から」の写真のうち、特に注記のない場合は、直川礼緒さん撮影
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