第一回『楽平家オンラインサロン』

ミャンマー・インレー湖の「AUNG SAKKYAR LOTUS ROBE」工房と
祈りの布<蓮糸織り>
切れた蓮糸をつなぐ織子さん
(撮影者・塩澤珠江 撮影日2016年9月18日「AUNG SAKKYAR LOTUS ROBE」工房)
< 無断転載ご遠慮ください>
2020年8月12日(水)20:00~21:30

話し手
  • Khin Myo Win キンミョーウイン
  (在ミャンマー・インレー湖)

  • 塩澤 珠江
  (東京都町田市在住)
【楽平家オンラインサロン 第1回報告】
ミャンマー・奥インレーで織られる「祈りの布」
~蓮糸とともに生きる湖上の人々 ~
「AUNG SAKKYAR LOTUS ROBE工房の祈りの布」と題する「楽平家オンラインサロン」が8月12日に開催された。当日は、東京都町田市在住で蓮文化研究者の塩澤珠江(しおざわ・たまえ)さんと、ミャンマー・奥インレー湖で蓮糸の織物や草木染を手掛けるAUNG SAKKYAR LOTUS ROBE工房のキンミョーウィンさんが登壇。講演は、塩澤さんとキンミョーウィンさんが対話しながら工房の様子や湖上の暮らしを紹介した上で、蓮の茎を折って藕絲(ぐうし)を引きだし、糸に撚り合わせて布を織る伝統的な蓮糸織りの工程について、45人の聴衆に解説する形で進められた。

家業から地元経済の担い手に成長
ミャンマー中部に位置するインレー湖の玄関口、ニャウンシュエの街から、エンジン付の小型ボートで2時間半ほど南下すると、喧騒が消え、のどかな田園風景が広がる。観光客の姿がほとんどなく、ひっそりとたたずむサガー遺跡をはじめ、人の手が加わっていない遺跡や自然が豊富な奥インレーの地に、キンミョーウィンさんの実家、AUNG SAKKYAR LOTUS ROBE工房がある。母親のドーオンチーさんが1986年に立ち上げた工房だ。

8人の子どもに恵まれて子育てに追われていたドーオンチーさんが「家にいながらできる仕事はないか」と考え、ここで蓮糸織りを始めたのは、末娘のキンミョーウィンさんが2歳になった時のことだった。昔、村で木綿の布を織っていた女性を手伝った経験があるドーオンチーさんは、その女性が蓮糸で高僧に「お袈裟」を織り、寄進していたのを思い出し、「自分も同じように蓮糸織りを再現し、お袈裟を織りながら、その技法を生かしてストールをつくってみよう」と考えのだ。その後、2003年に日本人染色家の毛房弘隆(もふさ・ひろたか)氏の指導を受けて草木染を学び、2005年に法人化した。

南北22km、東西12kmの細長いインレー湖には、あちこちに蓮が群生している。その蓮を使って細々と始めた家業は、創業から34年が経った今、50人を雇用する協働ビジネスへと成長を遂げた。中には、30年近く働き続けているスタッフもいるという。

特に、蓮の茎を採取し、糸を採り出す作業は人手が必要であるため、毎年、6月から11月の間は、近隣の住民にも手伝ってもらっている。その数、およそ300人。いまや、工房は地域の経済をしっかりと回す存在なのだ。

2020年には、新ブランド「SILK HASU」を立ち上げ、ミャンマー人向けに蓮糸と絹の絣織の製作を開始するなど、新製品の開発にも精力的に取り組んでいる。

「"蜘蛛の糸"撚り合わせるような」繊細な作業
蓮の茎から繊維を取り出し、織り上げる蓮織りは、世界的に幻の布と言われている。大量の蓮から少ししか糸が採れないと同時に、作業に相当な手間を要するためだ。

蓮の茎から採取できる繊維には、茎の外側の部分の果肉を溶かして採り出す茄糸(かし)と、茎を折って抜き出す細い藕絲(ぐうし)の2種類あるが、AUNG SAKKYAR LOTUS ROBE工房では藕絲織りを手掛けてきた。

あまり知られていないが、蓮の茎を折って左右に引くと、中から非常に細い糸が何本も現れる。一本一本は、まるで「蜘蛛の糸」のように細く、そのままでは織物に使用することができないため、茎4~5本分の糸を板の上で手早く、かつ丁寧に撚り合わせていかなければならない。

途中で乾燥すると繊維の粘りがなくなり、繊維がまとまらなくなるため、幾度も水で濡らしながら糸に撚り、束ねて綛(かせ)にする。根気と熟練の技が求められる繊細な作業だ。
僧侶のお袈裟を織る工房
工房の人々にとって、僧侶が身にまとう「お袈裟」は今も大切な商品の一つである。

キンミョーウィンさんは、毎年、6月の日取りの良い日を選び、母親や兄と一緒に「安全に、良い糸がたくさん採れますように」との願いを込めて工房内や湖上の蓮の葉にお供物をそなえ、インレー湖を守護する九つのナッ(日本の「カミ」のような存在)に祈りをささげる。塩澤さんがここで織られた布を「祈りの布」と呼ぶのは、そのためだ。

塩澤さんが2016年に調べたところ、観光客向けにストールやロンジーを織っている工房は、インレー湖に7軒あった。僧侶のためにお袈裟を織る工房もあるが、ここAUNG SAKKYAR LOTUS ROBE工房の織りは質が良いため、注文数は群を抜いているという。

特に、太陽暦で7月の満月の日から10月の満月の日までの、ワーと呼ばれる「雨安居(うあんご)」の時期の工房は、多忙を極める。雨季のワーの間、寺院に籠って修行に励む僧侶たちにお袈裟を寄進し、功徳を積もうと、信者たちがこぞって注文するためだ。お袈裟は、上下1セットで14万円から21万円まで、生地の糸の太さによって価格が変わるという。今年からは、中国製の木綿糸を使った木綿のお袈裟の注文も受けるようになった。

染料によっても、袈裟の価格は異なる。お袈裟は生地が長いため、化学染料が使われことが多いが、工房では、要望があれば草木染にも対応しているという。その場合、色が定着させる工程にかなりの手間がかかるため、価格は35万円に上る。

使い込むほどに馴染む素材
蓮文化を研究している塩澤さんは、この工房から生み出される織物の数々に魅せられ、蓮が生育する雨季に何度も訪ねては、キンミョーウィンさん一家と親しく付き合いを重ねてきた。

オンラインサロンの当日も、工房で買ったという蓮糸と絹で仕立てたミャンマースタイルのブラウスに、蓮の葉染めのストールを羽織って登場した塩澤さんは、「蓮布製品は、糸の構造がらせん状で空気を含んでいるため、冬は暖かく、夏は涼しい」「一枚あれば、ほぼ一年中使うことができる」「ぬるま湯で押し洗いするとしっとりと肌に馴染んでくるため、ぜひ使い込んでほしい」などと、蓮布の魅力をアピールした。

このほか、参加者からは「植物染めの原料は何か」「蓮糸だけで織った布やスーツの強度はどれぐらいか」「布を織るのにかかる時間は」「工房の名前の意味は」といった質問が次々に寄せられ、2人が「植物染めには、蓮や睡蓮の葉のほか、ミロバラン、アセンヤクノキ、インディゴなどが使われる」(塩澤さん)、「蓮布だけだと縫い目部分がほつれやすいが、絹と蓮糸を一緒に織り上げたり、裏地をつけたりすれば丈夫になる」(塩澤さん)、「1m幅の場合は5m織り上げるのに10日から15日、細い糸の場合は1カ月弱かかる」(キンミョーウィンさん)、「工房は、日曜生まれの母が"日曜"や"成功"を意味する"アウン"と、"広い空"を意味する"サッチャー"から名前を付けた」(キンミョーウィンさん)と答えるなど、質疑応答も活発に行われた。

(記事執筆:玉懸光枝)
< 無断転載ご遠慮ください>
アンドモア
「AUNG SAKKYAR LOTUS ROBE」工房については、以下のリーフレットをご覧ください。
なお、製品の一部は以下のサイトで購入が可能です。
http://www.iichi.com/shop/K8474359

塩澤さんのギャラリー及び蓮学会のサイトは以下の通りです。
ギャラリー<季の風>(ときのかぜ)
http://www.tokinokaze.com
http://www.nippon-hasu-gakkai.jp

塩澤さんとキンミョーウインさんのフェイスブックは、以下の通りです。
https://www.facebook.com/藕絲織ミャンマーインレー湖の蓮布-106140267556129/
https://www.facebook.com/SILK-HASU-105232001122838/
https://www.facebook.com/aungsakkyarlotusrobe/  

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